国史跡 艸墓古墳は 住宅地 

聖徳太子が幼少期を過ごしたとされる春日神社(上之宮)を後にする

奈良県立商業高校

桜井市谷にある国史跡「艸墓(くさはか)古墳」

二又道を右に上がれば行けるようです。小生は左に行き迷いました(>_<)

築造時期は、古墳時代終末期の7世紀頃と推定される。阿部丘陵では巨石墳として本古墳のほかにも谷首古墳、文殊院西古墳などが知られるほか、周辺の遺跡では大型建物跡も検出されており、古代氏族の阿部氏との関係性が指摘される

墳形は北西辺・南東辺がやや長い方形で、長辺約27メートル・短辺約21メートルを測る

左の山は河西天満神社社叢

墳頂部には平坦面が整形され截頭錐形を呈する墳丘外表では葺石が認められるが、埴輪は認められていない

また墳丘周囲には平坦地が巡らされる

埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、巨石を用いた大型石室であり、南東方向に開口する

石室の玄室内には兵庫県加古川流域産の竜山石の刳抜式家形石棺を据える

副葬品は明らかでない

墳頂は草わらになつている

古い石仏