メスリ山 鳥見山近く 大王級
メスリ山古墳:前方後円墳で国の史跡に指定され、出土品は国の重要文化財に指定されている。麓の石仏群
磐余の地に接した初瀬川の左岸にあり、茶臼山古墳(外山(とび)茶臼山古墳ともいう)らと共に鳥見山古墳群に属する。特徴的なのは、埋葬施設の副石室が遺品庫の様相を呈していることである箸墓古墳の方が、年代的に先行する
規模・埋葬品とも大王墓級だが、記紀や『延喜式』などに陵墓としての伝承がない。墳丘規模・埴輪の大きさ・埋葬施設・副葬品収納施設・遺物などを考え合わせると、本古墳は絶大な権勢を誇った首長の墳墓であると考えられる
墳頂部は草で覆われており入るのは断念した
墳丘長224m(復元すると250mとする説もある)。後円部は3段築成で径128m・高さ19m、各段に円筒埴輪列が巡り、斜面には人頭大の葺石がある。円筒埴輪は、後円部の三段と方形壇の墳頂部に密集して二列、また、墳頂部では二列の埴輪の間隔をとっている
別称は鉢巻山古墳、東出塚古墳などと呼称される
主石室は、遺体を埋葬し、玉石製品では翡翠の勾玉、碧玉の菅玉、貝輪を真似た石製の腕輪類、ミニチュア化した石製の椅子、櫛、合子などを納めた。盗掘のため著しい破壊を受け、盗掘の激しさを物語っている。出土した遺物は、内行花文鏡・三角縁神獣鏡の破片、石釧(いしくろ)・鍬形石・車輪石・椅子形石製品・櫛形石製品、石製合子(ごうす)などと玉類・刀剣などである
副石室は、副葬品を納め、212本の茎式鉄矛、これらの鉄矛は、約半数ずつ石室の両端に鋒(きつさき)を向け合った形になっていた。いずれも長柄をつけていたと想像される。集団戦に用いられる武器である。鉄剣形の槍先にした鉄矛は、朝鮮半島南部や北九州でも出土していて、当時の武器の中心になっていた。この武器は日本列島で大流行し、日本でも鍛造技術が駆使されたことは間違いない。236本の銅鏃、50本の石鏃、鉄弓1本(長さ182センチメートル、弦も鉄製)、鉄製矢5本(長さ80センチメートル)、漆塗り盾。鉄弓や鉄矢は、実用性ではなく、武器本来の機能である威嚇用である
金目のものは盗掘で失われたようだ
メスリ山古墳は四道将軍の一人武渟川別命の墳墓とみられる可能性が大きい(宝賀寿男著・古代民族の研究③)





