能登宮 古代能登人が 住んだ土地

等彌(とみ)神社 能登の宮とも 呼ばれけり・・・幸師

延喜式神名帳に掲載されている大和国城上郡等彌神社

明治時代までは能登宮と呼ばれていました

第62回式年遷宮

伊勢神宮から移築した鳥居

創建年代は不詳であるが、社伝によると当社は古より鳥見山に鎮座していたとされる

鳥見山は初代天皇である神武天皇が、即位後の神武天皇4年春2月に皇祖神及び天津神を祀った場所である霊畤(まつりにわ)と伝えられる

意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと)

桃の神様として知られる

神武天皇ゆかりの地として観光スポットにもなっている等彌神社ですが、桃で思い出すのが卑弥呼で話題の纒向遺跡です

祭祀に使われたのではないかとされる木製仮面や大量の桃の種が、纒向遺跡から出土しています

豊かな社叢

日本の国土と、神話に登場する数多くの神々を生んだ夫婦神といえば、伊邪那伎命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)です

そして、桃の実に「意富加牟豆美命」という名前を授けたのは伊邪那伎命だと言われます

即位後初めて皇祖天神を祀ったという日本書記の記述から大嘗会の起源であり、初の舞台ともされている

万葉集巻8-1549 紀朝臣鹿人 歌碑

射目(いめ)立てて  跡見(とみ)の岳邊の 

なでしこの花  総手折り 

われは行きなむ  奈良人のため

神宮大宮司 二條弼基書

跡見の丘のナデシコの花よ。その花をたくさん手折って私は持って行こう。奈良にいる人のために。 ここで歌われている「跡見の丘」は桜井市・外山・忍阪・浅古に囲まれた「鳥見山」とされている