勅使列 上賀茂神社 到着
内蔵寮史生(くらりょうのししょう):内蔵寮の役人で、御幣物を管理している

勅使を中心にした本列と、斎王代を中心にした斎王代列(女人列)に大別できる

葵祭ルートの出発地が京都御所(京都御苑)

 

時代行列は京都御所の南端・建礼門(けんれいもん)前から京都御苑の南端・堺町御門(さかいまちごもん)まで建礼門前大通を南下します京都御所は794年(延暦13年)の平安京遷都の際、内裏に代わる臨時の里内裏・土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)があった場所です風流傘:牡丹や杜若など季節の花(造花)を飾り付けた大傘建礼門は京都御所の南面正門で、最も格式の高い門とされています随身(ずいしん)

京都御苑は江戸時代に宮家・公家など200もの邸宅が立ち並んでいた場所で

堺町御門は京都御苑九門のひとつで、堺町門番所は正門の門番所に位置付けられています時代行列は京都御苑の堺町御門から河原町丸太町交差点まで丸太町通(まるたまちどおり)を東側に進みます
丸太町通は京都御苑の南側を東端の鹿ヶ谷通(ししがたにどおり)と西端の嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)大門町を東西に走っています

丸太町通の名称はかつて西堀川に材木商が多かったことに由来しています