碧巌録 言行説法 筆録書
相国寺
臨済宗相国寺派の本山寺院で、正式には万年山相国承天禅寺
室町幕府第三大将軍足利義満によって1382年(永徳二年)に建築が開始され、10年後の92年(明徳三年)に完成した
家康が再興した塔頭・大光明寺、方丈庭園、承天閣美術館など見処が多い
無学祖元墨蹟(国宝)、長谷川等伯筆竹林猿猴図屏風(重文)、伊藤若沖筆金閣寺大書院障壁画(重文)、吉山明兆筆春屋妙葩頂相(重文)などがある
光源院:室町時代中期の1421年(応永28年)に相国寺28世・元容周頒の塔所(とうしょ)として創建されました。光源院は当初、広徳軒(こうとくけん)と称していました
戦国時代(室町時代後期)の1565年(永禄8年)に室町幕府13代将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の菩提寺(ぼだいじ)になり、足利義輝の院号「光源院融山道円」に因んで、寺号が光源院に改められました
本派専門道場
碧巌録提唱:碧巌録とは中国の仏教書であり、
禅宗の言行や説法などが筆録された文献
鐘楼「洪音楼」
宗旦稲荷社:千宗旦(千利休の孫)に化けた狐が祀られている









