五月雨や 七尾城址と 日本海・・・幸師
「七尾ふるさと讃歌2番」
養老2年能登立国
国府を定め 国分寺
天正10年前田利家
小丸山城を築城す
七尾城址碑
南側は絶壁で自然の要害
西側、二の丸・三の丸方面は立入禁止
南西から北東方向
七尾城址碑
畠山氏末裔・畠山一清(松波畠山氏18代当主)が本丸跡に自ら揮毫し建てた
畠山一清:明治14年(1881)、金沢で能登の守護大名・畠山氏の血筋を引く家系に生まれる。東京帝国大学機械工学科を首席で卒業後、1912年に恩師の井口在屋と共同でゐのくち式機械事務所を創業した。1920年(大正9年)にはポンプ販売の事業を発展させて荏原製作所を設立した
寒いうえに雨が強くなり退城する
本丸下大石垣
三段石組み
レインウエアに傘の花










