草刈りで ちょびっと支援 山耀会
白米千枚田
世界農業遺産・国指定史跡
東屋
遊歩道
ポケットパークへの道
棚田へ下りる階段
ポケットパークの真下
白米千枚田の歴史は前田利家が天正9年(1581)に織田信長から能登国を与えられ、さらにその後、加賀藩の初代藩主となったころに始まるとされる
利家は開墾令を出して荒れ地を回復させ、千枚田は新開田あるいは隠し田として開発された
特に寛永8年(1632)頃に能登小代官に赴任中の加賀藩の板屋兵四郎によって谷山用水とサソラ用水が築造され、野田川(谷山川)からの取水による水田が整備された
しかし、貞享元年(1684)の大規模地すべり、さらに享保14年(1729)の地震による山崩れで田畑の大半が失われる被害を受け、その後は荒れ地のまま放置されていたところもある
明治時代になり地元の主要産業だった製塩業が衰退すると、再び田の開拓による整備が行われるようになり、明治時代前半には現状に近い棚田地帯が形成された
製塩が行われていた海岸浜











