津井王子 願いが叶う おかのさん

叶王子神社(津井王子)

皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験の手で急速に組織された一群の神社をいい、参詣者の守護が祈願された

承久3年(1221)の承久の乱以降、京からの熊野詣が下火になり、そのルートであった紀伊路が衰退するとともに、荒廃と退転がすすんだ

室町時代以降、熊野詣がかつてのような卓越した地位を失うにつれ、この傾向はいっそう進み、紀州藩の手による顕彰も行なわれたものの、勢いをとどめるまでには至らなかった

さらに、明治以降の神道の国家神道化とそれに伴う合祀、市街化による廃絶などにより、旧社地が失われたり、比定地が不明になったものも多い

「熊野道之間愚記」(『明月記』所収)建仁元年(1201)10月11日条に「ツイノ王子」とあるが、『熊野詣日記』(応永34年〈1427〉)には王子の名は見られない

近世には叶王子(ついおうじ)と称されたと見え、『紀伊続風土記』や『紀伊名所図会』にこの名が見られる

『紀伊続風土記』は津井領から印南に遷座されたと記しているが旧地は定かではなく、『和歌山聖蹟』は現在地から1キロメートルほど北西にあたる字王子田なる場所を旧社地としており、かつて工事の際に瓦や土器が出土した

明治41年(1908)、山口八幡神社に合祀され廃絶し、「吐王子神社旧跡」と記された石碑と神社林の名残が残されている

叶王子の写真を撮り印南町役場で写真を見せると叶王子カードが貰えます

斑鳩王子、切目王子、中山王子の4ヵ所の王子カードがあります

鎌倉時代の建仁元年(1201)の「御幸記」に「次ツイの王子」とあり、王子名は所在の集落名から来ているから「ツイ」は津井であ

「おかのさん」で通っている