仏井戸 佛三體 底にあり
上野王子 旧地 / 仏井戸
紀伊続風土記』に「今の社地は海に面して野径にあらす今の往還東北畑中に道あるを小栗街道といふ道の側に佛井戸といふあり是王子の舊地にて野径といふに當れり・・」とあり
『紀伊国名所図会』には、老人が仏井戸を拝んでいる絵図ともに「同村古道にあり。上野王子の舊地にして、井の底に佛三體あり。」と記している
『後鳥羽院熊野御幸記』(建仁元年(1201)10月10日)において、「…次うえ野王子野径也…」と上野王子のことが明記されている。また、上野の地は中世宿所として相当重きをなしていた。参詣道の移動した江戸時代初め頃に上野王子の位置も移ったと考えられる
仏井戸は、地下の水中に三尊の石仏を祀る石組遺構である
北面底に石仏を据え、西面・北面・東面を方形の砂石で垂直に積み上げ、南面には階段状に長方形の砂岩を積み上げている
石仏は、幅61センチメートル、高さ46センチメートルの一石の中央に阿弥陀如来座像(中央)、地蔵菩薩立像(向かって左側)、観音菩薩立像(向かって右側)の三仏を配置している
像高は25~27センチメートル、室町時代中期に造像された可能性が高く、普段は、地下水中に没している







