早春や 秀長公に 会いに行く・・・幸師

秀長公墓所「大納言塚」

以前訪ねた時は落葉が散り積もっていたが掃き清められていました

天正19年(1591)、郡山城内で没した秀長はここに葬られました

当初、この近くに豊臣秀吉が建てた大光院という菩提寺があり、墓地を管理し菩提を弔っていました

しかし、豊臣家が滅んだあと、大光院は京都に移され、秀長の位牌は東光寺(のちの春岳院)に託されました

その後墓地は荒廃しましたが、安永6年(1777)、春岳院の僧、栄隆<えいりゅう>や訓祥<くんしょう>が郡山町中と協力して外回りの土塀をつくり、五輪塔を建立しました

五輪塔は高さ2メートルで、地輪の表面には戒名が刻まれています

毎年4月22日には秀長の遺徳を偲ぶ大納言祭が執り行われる

戒名は「大光院殿前亜相春岳紹栄大居士」
 葬儀の導師は、織田信長の葬儀の導師も務めた大徳寺の古渓宗陳

葬儀に20万人が参列したという

秀長の人気は商業保護の政策にあったといわれる

大納言塚の入口に置かれている「お願いの砂」は、穴の中に砂を3回通すと願いが叶うと言われています