二の矢塚 久志玉比古 延喜式
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矢田坐久志玉比古神社
別名、矢落(やおち)神社、矢落明神と呼ばれる
当社の詳しい創建年代は不明であるが、当社の祭神である櫛玉饒速日命は、天磐船に乗って空を飛んだと先代旧事本記に記されている
その際に櫛玉饒速日神が天から放った2本目の矢が落ちた所に当社が建てられたとされている
これによってこの地を矢田というようになったという
仁徳天皇の皇后である矢田皇女はこの地方の出身と考えられている
当地方最大の古社として創建より6世紀前半までは畿内随一の名社として栄えたとされている
また、延喜式神名帳に記載されている大和国添下郡十座の筆頭社で式内大社である
櫛玉饒速日命が天磐船に乗って空を飛んだとの故事により、櫛玉饒速日命は航空祖神として崇められており毎年9月20日には航空祭が行われている
楼門の上層部にはかつて戦闘機に使用されていたというプロペラが奉納され、飾られている
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