三の矢塚 卑弥呼の宮居 伝承地

矢田町東明寺から三の矢塚へ向かう

のどかな田園地帯

里山

三の矢塚へ

矢田町字飛具谷字宮所にある

高さ1間、周囲4間、東西、南北各1間の規模で、土地の人は矢田部聖賢の墳墓といっている
 

伝説によると、饒速日命(にぎはやひのみこと)又は櫛玉彦命(くしたまひこのみこと)が3本の矢を射て、3番目の矢の落ちたところを鎮座の地と定めようとされた

 

その3番目の矢が落ちたところである

邪馬台国説では、女王卑弥呼の宮居した伝承地と想定されています

旧事本記によると、古代豪族物部氏の祖・饒速日の命が「天神の詔を受け天磐船に乗りて大虚空をかけめぐり、この郷を巡りて天降ります。即ち虚空見つ日本国というは是か」とあります

物部氏の祖神・饒速日の命を祭神とする矢田明神社を中心に、南方遥か三輪山、大和三山などを一望できるこの要害の地こそ、物部王朝邪馬台国説による女王卑弥呼の宮居した伝承地にふさわしい、とあります

石碑には「伝承 邪馬台国想定地」の文字が刻まれています

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