世界遺産 登録に向けて 整備せよ

1873年(明治6年)の廃城後、犬山城の門は撤去され堀は埋められた

犬山城を構成していた建造物の多くは、廃藩置県に伴う廃城処分が下る前後の時期に払い下げられて破却されたり移築されたりしたが、それらのいくつかは現存している

松ノ丸本丸門は、明治元年、一宮市浄蓮寺に移築され、山門として再利用された

どこの門であったかは不明ながら旧城門と伝わる門が一宮市運善寺に移築され、山門として再利用された

二ノ丸の矢来門が丹羽郡専修院へ移築されて東門として再利用された

大手道黒門が丹羽郡徳林寺へ移築され、山門として再利用された

内田御門(犬山城の搦手門)と伝わる城門は犬山氏瑞泉寺に移築され、山門として再利用された

天守が国宝指定された5城のうち姫路城は1993年に世界遺産に登録され、彦根城は1992年世界遺産国内暫定リスト(推薦待ち候補)に掲載

松本城は2006年に文化庁が次なる世界遺産の候補地を公募した際に名乗りを上げたが、世界遺産は同一国内での類似物件の追従登録は認められにくいことから(彦根城が世界遺産になれない理由もここにある)正式候補には選ばれなかった

既登録の姫路城に彦根城や犬山城・松本城など現存木造天守が残る城を加え「近世日本の木造天守閣式城郭群」のような形式での拡張登録を目指す案も示したが、姫路側がこれを拒否した

2020年代になり、彦根城が単独での世界遺産登録を目指す方針転換を図り、さまざまな施策を展開するようになったことをうけ、犬山でも動きが見られるようになった

発掘調査の実施や失われた建造物の木造復元や石垣・堀・土塁を調査して復元する計画が進められ、世界遺産へ向けての足掛かりが増えつつある