常泉寺 存命中に 創建され
豊臣秀吉公生誕の地に建てられた太閤山「常泉寺」
秀吉公に命じられ、加藤清正公並びに開山である圓住院日誦上人とで創建されました
堂内で祀られている御神体の豊太閤像は木食興山上人の彫刻です
この御神体は始め大阪城に祀られていたお像であり、清正公が秀頼公にお願いして、常泉寺に鎮座するに至りました
常泉寺は1600年慶長年間創建と400年以上の歴史を持ち、豊臣秀吉生誕の聖地として繁栄し、永らく「太閤さん」と親しまれてきました
2月26日七分咲きでした
加藤清正生誕地「妙光寺」
豊臣兄弟所縁の名所には幟が立てられています
木下長嘯子(きのした ちょうしょうし)宅跡
長嘯子は、豊臣秀吉の正室・北政所の甥にあたる木下勝俊の号。戦国の世を生きた武将でありながら、のちに剃髪して歌人としての道を歩みました
産湯の井戸
現在でも常泉寺の手水舎として利用されています
明治31年(1898年)、秀吉公の没後300年を記念して建てられましたが、戦時中の金属供出により撤去され、長らく台座だけが残されていました
その後、地元の人々の尽力により、昭和63年(1988年)に現在の像が再建された
秀吉公が十一歳のときに植えたと伝わる柊の木
小田原征伐の帰途に立ち寄った際、成長したその姿を見て感慨にふけり、竹で添え木をして大切にしたという逸話が残されています
小出秀政出生地 小出播磨守秀政(1540〜1604年)は、秀吉と同郷の出身で、和泉国岸和田三万石を領せられ、のちに片桐目元とともに秀頼の守り役を勤めた
長子吉政は、但馬国出石の城主となり、関ヶ原合戦には西軍に加わったが、次子は東軍に加わって戦った

















