人柱 おかね と おきく 埋められし
長浜城
浅井長政攻めの功で信長から浅井氏の旧領を拝領した際に当時今浜と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した
豊公園のベンチで昼食
琵琶湖周航の歌3番の歌詞に詠まれた長浜
波のまにまに漂う鴨
太閤井
水位がかなり下がっている
湖畔の春は 猫柳 ととのはず・・・五十嵐播水
天守閣跡に立つ豊臣秀吉公像
長浜城天守閣跡
築城工事の際、長浜一の美女と評判だった女性「おかね」が人柱に選ばれて埋められ、天守北側にあった堀が「おかね堀」と呼ばれるようになった。天守閣跡にはこの話を伝える石碑が建てられている
秀吉から築城の命令を受けた京極氏の武士が人柱を探していたところ、漁師に出会ったので、人柱の事を伏せて「この辺りに娘はいないか」と尋ねた。漁師は「自分に娘が2人いる」と答えたところ、一人を人柱として差し出すように頼まれた。悩んだ漁師は2人の娘の内、盲目の妹「しのぶ」を人柱にするよう申し出たが、これを知った姉の「おきく」が妹を庇って自ら志願して人柱となった。天守閣跡側には「おきく」を祀ったといわれる祠がある
上・天守閣から伊吹山、下・豊公園











