秀吉が ご縁となった 曳山祭

大手門通り商店街「文泉堂」

箱寿し800円

手作りブラン・クチュール村

大手橋

米川

長浜市の中心市街地を縫うように通り抜け、琵琶湖へと注ぐ全長2・5キロの米川は、長い歴史を誇る長浜の町を見守ってきた

江戸時代初期の寛永年間から約400年、川の形が変わっていない

つまり河川改修がほとんどなされていない自然な姿がある 

1950年代半ばまで、川沿いに住む人は米川で食器を洗ったり、果物や野菜を冷やしたりしていた。生活に密着した歴史的な景観が残る

曳山博物館

安土桃山時代、長浜城主であった豊臣秀吉に男子が生まれました。喜んだ秀吉は、城下の人びとに砂金を振る舞い、町民がこれをもとに曳山をつくり長浜八幡宮の祭礼に曳き回したのが始まりといわれています

江戸時代曳山を所蔵する各山組は競って曳山を改造し、豪華な装飾品を用いるなど贅をつくしました

現存する曳山はその頃につくられました。最大の呼び物は、5~12歳の男の子によって豪華絢爛な曳山の舞台で演じられる子ども歌舞伎大人顔負けの熱演は、見物客の拍手喝采を浴びます

平成29年(2016)ユネスコ無形文化遺産に登録され、長浜が世界に誇る祭が長浜曳山祭です.

祭の舞台となる長浜町には、13基の曳山が伝わりますが、この曳山を生み出し、この地域を代表する大工一門が藤岡家です