秀吉が 再建再興 八幡宮

八幡宮御本地・御本尊奉安霊場

天載仏徳

国宝阿弥陀如来・愛染明王

舎那院鐘楼

勝軍山・新放生寺「舎那院」

真言宗豊山派

本尊は愛染明王

芙蓉の名所として知られる

弘仁5年(814)に空海によって創建されたという学頭寺

舎那院護摩堂

頼朝に追われた義経は、都落ちして堅田から琵琶湖を渡って源氏にゆかりの深い八幡宮の別当寺である当院に逃れてきた

当時の執事・長善は既に今浜(現・長浜)の地は危険なため、木ノ本の浄信寺へ急がれるよう進言し義経主従は木之本地蔵院に一泊している

西田天香:長浜市の名誉市民第1号

信長と浅井長政との戦いに巻き込まれてしまい、当院を含む新放生寺と八幡宮はほとんど焼失して衰退したが、天正2年(1574)に長浜城城主として羽柴秀吉が長浜に来ると、新放生寺と八幡宮の荒廃を惜しみ寺社領七十石が寄進された

堂舎、社殿の再建がおこなわれて天正19年(1591)に新放生寺と八幡宮の社殿は再興された

 

この史実は長浜曳山祭の起源ともいわれている