都久夫須磨 雄略帝が 創建す

長浜八幡放生池・都久夫須磨神社

境内にある「放生池」は秀吉が八幡宮を再建した際に作庭したと推測されている安土・桃山時代の庭園

戦国時代に姉川の戦いの戦火に巻き込まれて当時の社殿・境内は焼失

浅井氏の滅亡後、1574年(天正2年)に長浜城主となった羽柴秀吉の支援の下で八幡宮は再建された

都久夫須磨神社は竹生島に鎮座しています

雄略3年(459)に浅井比売命を祀る小祠が建てられたと伝えており、都久夫須磨神社はこれをもって創建としている 

あるいはまた、天智天皇による志賀宮創建の際、宮中の守護神として竹生島にアサイヒメノミコト(浅井比売命)が祀られたという

神亀元年(724)、聖武天皇の夢に天照大神が現れ、「琵琶湖に小島があり、そこは弁財天の聖地であるから寺院を建立せよ」との神託があったので、行基を勅使として竹生島に遣わし、大弁才天を祀って宝巌寺を開かせたと伝える

八幡神社社務所

車清祓所

御朱印を求めていました

長浜八幡宮の県指定文化財