遥かなる能登・大和
琵琶湖周航の歌のメロディです(^^♪
① 大和桜井 等彌神社は
明治までは能登の宮
鳥見山霊畤 祭りの庭
神武天皇の祭祀場
※古代出雲人は桜井市ダンノダイラに移り住み、出雲の地名を持ち込みました
能登の地名も同じように能登から持ち込まれたものかも知れません
なぜなら、ノトとはアイヌ語で半島・岬の意味があり、もっと歴史が古いかもしれません
② ヤマト王権 能登の国
立国に際し命名か
越前国司 能登巡行
大伴家持 歌に詠む
③ 輪島鳳至比古神社は
仁徳天皇御代創建
遥か紀国牟婁県より
勧請されたと伝われり
※上が下社(能登宮)、下が上社
④ 正倉院古文書に
租庸調の記録あり
能登国役人 働きぶり
大和との交流残しけり
鳥見山山頂「白庭」石碑
※①等彌神社(とみじんじゃ)
※①鳥見山霊畤(とみやまれいし)
※③牟婁県(むろうけん)
※③勧請(かんじょう)
⑤伝統工芸 輪島塗は
根来寺僧が伝えたという
高野聖 薬売り
全国津々浦々 広まれり
⑥国の史跡 寺家遺跡は
渚の正倉院と称せられ
古代文化の漂着地
異国の神を祓えたり
⑦阿部比羅夫 能登水軍
海人 馬身龍 従えて
180艘の大船団
※能登(阿倍氏)水軍想像図
⑧遥かな大和 能登の国
大陸往来 盛んなり
靺鞨国の渤海使
千里浜渚に石碑立つ
※⑥寺家(じけ)
※⑦阿部比羅夫(あべのひらふ)
※⑦海人(あまびと)
※⑦馬身龍(まむたつ)粛慎(みしはせ)
※⑧靺鞨国(まっかつくに)
※⑧渤海使(ぼっかいし)
⑨日本民謡秋篠いなば会
能登を巣立ちて60年
練習 稽古に明け暮れて















