契りあれば なにわの里に 宿り来て 波の入日を 拝みつるかな・・・藤原家隆

四天王寺前夕陽ヶ丘駅前界隈

大江小学校

墓地

御菓子司 河藤

四天王寺:石山合戦、大坂の陣、太平洋戦争での大空襲で灰燼となりました

元三大師堂、安政地震津波碑が建っています

奥山半僧坊大権現

アベノハルカス

大規模の墓が多く見られます

口縄坂にある曹洞宗「浄春寺」

恩師の墓参りをしました

麻田剛立:大分県杵築市出身、江戸時代の医学者・天文学者

豊後藩を脱藩し大坂に行き、医師を生業としながら天文学の研究を続けた

各務分権:江戸時代の整形外科医で文政2年木製の等身大人体骨格模型をつくらせて幕府医学館におさめた

平安時代の公卿で歌人であった藤原家隆の菩提所として開かれたと伝えられます

藤原家隆はここから四天王寺に通い、大阪湾に沈む夕陽を拝みました

 「契りあれば なにわの里に 宿り来て 波の入日を 拝みつるかな」