時の流れ 環境変化 人の移動

中心集落は日置川河口付近、町内でも希少な平地に位置し、古来よりこの日置川流域からの木材などの集散地として栄えていた

上流からきた木材はこの日置で一度集められ、それを日置の港に寄った船が運び出していた

山としては高瀬山(標高340m)、米山(標高423m)、白浜町との境に位置する塩津山(標高516m)および行徳山(標高458m)および弰山(標高484m)

田辺市(旧大塔村)および古座川町との境にある大森山(標高841m、和歌山県で70番目に高い)

これも田辺市(旧大塔村)との境にある将軍山(標高748m、和歌山県で96番目の高さ)、当町東部にそびえる三舞山(標高490m)があり、川としては先述の日置川のほかに将軍川などがあった

日置川の上流部では炭を産するなど林業のようなことも盛んであった

川添茶やレタスなど換金作物の栽培も行われていた

関西電力は1976年に、日置川町内に原発建設を前提とした用地購入を行なった

これを受けて、補助金等の交付による財政の改善を謳う誘致賛成派と、万一の、あるいは軽微な放射能漏れ事故を懸念する誘致反対派とに分かれ、町民同士が対立するという事態が発生している

クマの餌となるブナ、ナラなどの樹木はないが、一応クマ鈴を付けて歩きました

普通電車で紀伊田辺へ

40分程時間待ちがあり、駅前広場へ

高さ3m、重さ2tもの弁慶像

奥州衣川での弁慶の最期を伝え聞いた田辺の人は、その生涯を偲んで弁慶松を植え、いまも代々植え継がれています

秋の弁慶まつりでは数百人もの参加者が連なり踊る弁慶ゲタ踊りが行われる