ダムできて 川幅50㍍ 狭くなり

熊野古道を大辺路仏坂(ほとけざか)へと向かう際、日置川を渡る渡し舟「安居(あご)の渡し」がありました

1954年(昭和29年)頃まで営業されていたようです

現在では、「大辺路安居の渡し保存会」が渡し船を復活させて運用しています

大辺路街道で唯一、川を舟で渡る「安居の渡し」は、昔ながらの川舟で日置川の清流を渡ることができます

今の川幅は30m程ですが、昔は約80mありかなりの水量で、平田船と呼ばれていた木造の川舟が昭和の初期まで行き来していたそうです

現在、仏坂へはJR紀伊日置駅からバス7分の口ヶ谷バス停から日置川を渡り、天狗の里を通って、約20分歩くと仏坂の登り口に着きます

日置川に沿って上流へ更に約30分ほど細い道を歩きやっと「安居の渡し仏坂側」に着きます

仏坂の険しい道が続きます

大辺路は田辺市から那智勝浦町までの海沿い、約120kmの区間を指します

熊野参詣のルートとしては中辺路が多用されたため、大辺路は時間に余裕のある庶民や文人墨客が枯木灘や熊野灘の風景を愛でながら歩いた道であったようです

江戸時代初期には紀州藩により一里塚が沿線に築造され、藩主や三宝院門跡の大行列もこの道を通過しました

大辺路は四十八坂と称されるほど急坂や小坂が多く、そのため部分的には開発を免れ、往時の景観を遺しているところも少なくありません

日置川下流方向の流れ