江戸初期 一村一社 合祀する
天文15年(1546年)に領主の周参見氏が那智神社から勧請
主祭神は天照大御神
名に王子と付きますが、創建時期から熊野九十九王子には入っていません
王子神社には、数十点の絵馬が奉納されています
中でも30点余の船絵馬からは、稲積島の浮かぶ天然の良港、周参見港が荒海の熊野・枯木灘を行き交う浪速・江戸航路の中継地・避難港として栄えていた当時の様子を伺うことができます
歴史的に貴重な王子神社奉納絵馬は、町文化財に指定され、神社に隣接する歴史民俗資料館に保存・展示されています
元和2年(1616)藩主浅野氏に領地を没収され帰農するにあたって、その祭祀は防地の春日神社とともに周参見地区に委ねられ、周参見の産土神となりました
往時には「若一王子権現社」といわれ、海上安全の信仰で名高く、多数の奉納絵馬がみられます
明治初年に「王子神社」と改称しています
その後、同36年に防地の春日神社(八幡宮は天文年中の山津波によって社殿棟札共に流出した
和藤内の虎退治
慶安5年(1652)に再建、防地春日神社に合祀されています
慶安42年5月に一村一社制に基づき、中ノ町の蛭子神社、上戸川の春日神社・安知神社・弁天神社、下戸川の諏訪神社、立野の春日神社、稲積の弁天神社、平松の天満神社の 8社を合祀しました











