未来へ 繋ぐ日本の 祈り処

熊野速玉大神、熊野夫須美大神を主神に、十二柱の神々を祀り新宮十二社大権現としています

大注連縄

文正元年(1466)12月、畠山義就の猶子・畠山政国から、牟婁郡芳養荘(現・田辺市)を寄進された

明治4年(1871)、熊野速玉神社として県社に列格するが、明治16年(1883)、打ち上げ花火が原因で社殿が全焼してしまった

大正4年(1915)、官幣大社に昇格する

昭和23年(1948)に神社本庁の別表神社に加列されている

昭和42年(1967)に社殿が再建された

神馬渡御式絵馬

後鳥羽上皇御製 

岩にむす苔ふみならすみ熊野の山のかひある行末もがな

約二千年ほど前、元宮である神倉山から現在の場所に遷されたことより、神倉神社の「旧宮」に対して「新宮」と号した

梅の蕾が膨らんでいた

結宮再建記念碑

室町時代の天皇・上皇や室町将軍の足利義満ほか諸国の守護らが奉納したとされる国宝古神宝類など、多くの国宝や重要文化財などが伝わっています