蓬莱山 御神体とする 甘南備山

熊野曼荼羅三十三ヶ所霊場の第23番

阿須賀神社は、熊野川河口近くにある蓬莱山と呼ばれる小丘陵の南麓に鎮座する

古くは飛鳥社とも称された

蓬莱山は南北100メートル、東西50メートル、標高48メートルの椀を伏せたような山容で、甘南備の典型とも言うべき姿をしている

速玉大社伝の「新宮本社末社総目録」に上御備・下御備の祭祀遺跡が描かれているように、古くから信仰の対象となっていたと見られる

また、もともとは陸から離れた島であったともされる

熊野の地において熊野権現はまず神倉神社に降臨し、それから61年後に阿須賀神社北側にある石淵(いわぶち)谷に勧請されて、

その時に初めて結早玉家津美御子と称したと伝えられており、熊野権現の具体的な神名がはじめて現れた場所と見なされていたことが分かる(「熊野権現垂迹縁起」)

その他、境内からは弥生時代の遺跡が発掘されており、熊野における歴史と信仰の最も古い層に関わる地として重要である

社伝によれば孝昭天皇の御代の創建と伝えられる

平安時代に熊野権現の本地が確立してからは、大威徳明王を本地仏として祀った

平安時代後期から12世紀前半までの中世熊野参詣では、阿須賀神社に参詣することが常であったと見られ、『中右記』の天仁2年(1109)10月27日条に「参阿須賀王子奉幣」と記され、熊野九十九王子の王子社(阿須賀王子)としての扱いを受けていたことが分かる

また、『平家物語』巻十には平維盛が新宮で「明日社ふし拝み」と記され、阿須賀神社への参拝が一般的なことがらであったことが認められる