香り立つ 蓮の苑に 身を置けば 我も覚ゆる 花のひとつ

第七代藤堂長舊公「顯光院殿圓覺融天大居士」(61歳)

第5代当主・藤堂長熙の四男として誕生

正妻として藤堂高周の娘を迎えたことや、8代当主となる長教をはじめ、複数の子どもがいた

名張は、伊賀の中心地として重要視され、商業や農業が発展していきました。長舊はその領地を適切に管理し、家の発展に寄与しました

第十代藤堂高美公「道光院殿明善聰天大居士」(41歳)

先代長徳の長男の長親が早世し、次男の長邦(藤堂高邦)は久居藩主家を継いでいたため、長徳の婿養子となる。元政元年(1864年)8月6日に家督相続したが、同年8月29日に急死した。享年41。葬地は名張徳蓮院。藤堂采女家から高節が養子入りして名張藤堂家の家督を継いだ

空心院殿實相妙雲大姉

???

四角の庭を囲むように墓が並ぶ

左・明鏡院月心智光大師

右・智照院殿蓮香妙臺大姉

まったく読めません

素自院殿????大姉

六地蔵

山門

三重県梅花百観音第三番

香り立つ 蓮の苑に 身を置けば 我も覚ゆる 花のひとつと