名張城 筒井氏が築き のち藤堂

稲森宗太郎生家

本町の煙草元売捌商・稲森惣兵衛の長男として生れた

三重県立第一中学校(現・津高校)を卒業し、早稲田大学国文科に入学

窪田空穂を通じて知り合った尾崎一雄・山崎剛平ら8人で「八ツ手」という短歌会を結成し、同人誌『茜ぞめ』を創刊した

1928年(昭和3年)3月に早稲田大学国文学科を卒業

この卒業の秋、肺尖(はいせん)カタルと診断されたが、実際は結核であった

『茜ぞめ』の廃刊後は『地上』に加わり、作品発表を続けるが、1930年(昭和5年)の春ごろ、病状が急に悪化して咽喉もつぶれてしまう

岡村家住宅

同年4月15日、高田馬場の家で師の窪田空穂、妻・美津子に看取られて死去(28歳没)

法名「国学院硯誉宗泉居士」

同年に刊行した歌集『水枕』を残した

初瀬街道

大手門跡付近

大手橋

城下川

ひだりいせミち、文政10年(1827)

名張城下絵図

筒井定次家臣松倉氏が築いた名張城が始まり

1636年、藤堂高吉により本格的な城下町建設が行われた