ワカタケル 大王築きし 朝倉宮

春日神社 (桜井市脇本) 

御祭神;天児屋根命 太玉命 天宇受女命

本殿は奈良県の指定文化財で檜皮葺三間社春日造

春日神社の創建年代などは分かりませんが、伊勢街道に面するこの絶好のロケーションですから、かなり古くからある神社だと思います

鳥居に架かるしめ縄(勧請縄)が独特で、真中に三本の櫛が刺さっている

この神社の境内が雄略天皇の初瀬朝倉宮の跡だとも言われている

飛鳥に宮が移るまで三輪山の西南麓から香具山あたり一帯は、大王(天皇)や皇后の宮が十三もあったと伝えられ大和王権の中心地域だった

5世紀の雄略天皇の泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)跡、6世紀の欽明朝の行宮の泊瀬列城宮(はつせなみきのみや)跡 、7世紀の大伯皇女の斎宮跡などの可能性があり、断続的に発掘調査が行われているみたいです

倭の五王の最後、ワカタケルこと雄略天皇がここに朝倉宮をきづいた

桜井市と橿原考古学研究所が中心となった発掘調査の結果、総合的な判断から脇本遺跡の五世紀後半の建物遺構は『記紀』にみえる雄略天皇の泊瀬朝倉宮にかかわる建物の可能性が非常に高いと見なされた

暮去者   夕(ゆふ)されば 

小椋山尓  小倉(をぐら)の山に 

臥鹿之   伏す鹿の 

今夜者不鳴 今夜(こよひ)は鳴かず

 寐家良霜  寐(い)ねにけらしも

お地蔵さんの首がない

埼玉県稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣には「獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時」と刻まれているが、「獲加多支鹵大王」は雄略天皇であり、「斯鬼宮」(しきのみや)は泊瀬朝倉宮を指すと考えられている