西日光 歴史の痕跡 永久寺
内山永久寺跡ポケットパーク
大和国でも有数の大寺院であったが、廃仏毀釈により明治時代初期に廃寺となった
永久年間(1113-1118)に鳥羽天皇の勅願により興福寺大乗院第2世院主の頼実が創建
本地垂迹説の流行と共に石上神宮の神宮寺としての性格を備える
東大寺・興福寺・法隆寺に次ぐ待遇を受ける大寺であり、その規模の大きさと伽藍の壮麗さから、江戸時代には「西の日光」とも呼び習わされた
うち山や とざましらずの 花さかり・・・芭蕉
芭蕉は若かりし頃が宗房と号した
寺領を没収され、経営基盤を奪われた当寺は廃寺となって残りの僧侶も還俗し、多くは石上神宮の神官となった
無主となった永久寺の建物は共用に使われることはなく、競売にかけられたが買い手が付かず、多くが取り壊された
さとはあれて 人はふりにし やどなれや 庭もまかきも 秋ののらなる・・・僧正遍照
よろこびの 互いに語り 天玄し
みじかかる ひと世と思へ 布留宮の 神杉のほの そらに遊べる
読み取れないので代表的な歌を載せます
未通女らが袖布留山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我れは・・・柿本人麻呂
陽が暮れました











