廣八幡 7つの宝 文化財 

創建年代等については不詳であるが、欽明天皇(6世紀中頃)のころに創建されたと伝えられる。神功皇后が三韓を征しての帰路、広村にも行幸されたと言い伝えられています

紀伊風土記によれば、室町時代(応永年間)に梅本覚言という土豪が現在地に遷宮したとの記録があります

度々焼失しているが、江戸時代には紀州藩主の帰依を得た

江戸時代末までは神仏習合により境内に多くの仏堂があったが、明治初年の神仏分離に伴い、三瀧寺などに移されている

切妻造、柿葺の舞殿

拝殿(重要文化財): 江戸時代中期(1704年)の建立

桁行二間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、杮葺

昭和22年(1947年)2月26日指定

楼門(重要文化財) 室町時代後期(1475年)の建立。三間一戸楼門、入母屋造

本殿(重要文化財) 室町時代中期(1413年)の建立。檜皮葺、三間社流造

他の重要文化財:摂社高良社本殿・ 摂社天神社本殿・摂社若宮社本殿・短刀 銘来国光(鎌倉時代)

四方唐破風御輿:広川町の漁師が五島に移住、故郷に寄贈した御輿

新上五島とのご縁

ガラスで遮られていますが立派な御輿です

御神木