三田最古 神功皇后 所縁の社

三田市で現存する神社で最古

本殿は鎌倉時代に建立され、国の重要文化財に指定されています

本殿造営のとき近隣24か町村の氏子が参集したとされ、信仰のあつい神社であったことを物語っています

能舞台は県の重要文化財に指定されています

表筒男命(ウワツツノオノミコト)

神功皇后の三韓征伐の時住吉明神の和魂は皇后の玉体を守り荒魂は先鋒となって御船を導き遂にこれを征服して顕著な功があったので、皇后凱旋の後大川瀬大淵の上曽根山に住吉神社を鎮座せられ、神領地十万八千条を賜うと伝えられております 

室町時代の中頃から本社の分霊を奉祀して分離する氏子が追々出来て、終に大川瀬だけの氏神となりました(本社古文書・兵庫県神社誌・有馬郡誌)

三田市と能楽を語るならば、絶対に外せないのが、三田の奥・大川瀬にある住吉神社の能舞台

神社では舞殿と言っていますが、形式は能舞台です

何より重要なのは、現在もこの舞殿を使って約10年に一度の頻度で、能や狂言が演じられていることです

神社文書によると享保11年(1726)に建てられたとされるこの舞殿は、兵庫県から重要有形文化財として指定されています

この舞殿の正面には、神社の拝殿と本殿があって、向かい合う形になっています

残念ながら、三田市内には他の能舞台は存在しませんが、西隣の三木市・加東市・明石市など東播地方には多い形式で、関連があるのではないかと想像しています