伏見稲荷 祈願所として 名を馳せる
了徳院は東寺真言宗の寺院で山号は如意山
本尊は準胝観音と十一面観音(大聖歓喜天)
浦江聖天(うらえしょうてん)の名で親しまれている
元文元年(1736)3月、高野山善寿院の宥意上人が入寺して再建を企て、元文4年(1739)10月に竣功
その後また衰えていたのを天保5年(1834)僧某が堂宇を再建する
古来伏見宮の祈願所で、本堂に十一面観世音菩薩(大聖歓喜天)を安置する
この大聖歓喜天は浦江がまだ海岸だった折、漁師の網にかかって海中から出現したと伝えられる
当地はいくつかの水路が流れ込み、境内の水辺には杜若が群生し、花の時期には参拝客で溢れた
昭和20年6月1日の第2回大阪大空襲によって山門と白髭稲荷大明神を除いて焼失したが、戦後に復興した
江戸時代に再建された山門は丸角流建造の代表作で、子持ち龍の彫刻がある
芳雪画・難波百景「うらえ杜若」が残る











