稲荷社に 糸我王子社 合祀する
創建は「37代孝徳天皇白雉3年壬子の春、社地を正南森に移し、糸鹿社と申す」とあり
白雉3年とは伏見稲荷神社の和銅年間の創建より約60年も前に遡ります
この故をもって糸我稲荷神社を本朝最初の創建とし、社前鳥居に「本朝最初稲荷神社」の額が上っています
御祭神は倉稲魂神、土御祖神大姫神で、紀伊続風土記には「荘中三箇村の産土神なり、古くは殿社も宏麗に神田も多く云々」とあります
この三箇村は現在の糸我地区と須谷(すがい)地区を示しています。境内には樹齢500年~600年の3本の大楠がそびえており、歴史を物語る
日本最古の稲荷神社といわれる深い歴史のある神社
「糸鹿社由緒」によれば、その創建は白雉3年(652年)とされる歴史深い神社
京都の伏見稲荷神社よりも古い歴史を持ち、日本最古の稲荷神社とされています
太平記には、白河院が熊野参詣の途中で旅の安全を祈願し、奉幣した「みぬさの岡」の旧跡も存在しています
すく熊野道石の道標
和歌山城下から五里










