足跡と 栄華は残る いつまでも

1911年(明治44年)に地元の人々が、中心となってこの記念碑が建てられました

山中鹿介幸盛がこの城に長期間籠城していた事を記念した石碑だという事です

碑の文字は陸軍少佐・熊谷宣篤、撰文は漢学者・山口美道によるものです(ふたりとも島根県出身)

太平洋戦争中に本丸跡は高射砲陣地になっていたそうです

忠義の武士・山中鹿介幸盛の石碑を見て、勇気を奮い立たせていたかもしれません

富田城跡は中世山城址を代表する遺産として昭和9年1月22日に国史跡指定を受けた重要な文化財です

東西約1,200m、南北約1,200mの範囲に縄張された総面積約140万㎡の日本でも最大級の規模をもつ城跡です

月山山頂部の曲輪群を詰の城とし、山頂から西北方向に長く延びる尾根上に南から本丸・二の丸・三の丸・西袖ヶ平といった曲輪を連続して築いている

本丸と二ノ丸間の堀切

勝日高守神社方向

大樹が見守っている