月山の 丘陵に 本丸が
日本五大山城、日本百名城「月山富田城」
富田城の始まりは、12世紀の後半、源頼朝が出雲の守護として佐々木義清を任命したこととされますが、尼子家三代の戦国武将によって富田城は最盛期を迎え、江戸時代の初期まで富田城は多くの変遷を繰り返しました
尼子氏は大内氏、陶氏、毛利氏との戦いを繰り返しながら、因幡、岩見、備後など11ヵ国にも及ぶ広大な領地を拡大しました
その尼子氏も毛利元就に攻められ、1年半ものあいだ富田城に立て籠りましたが富田城は毛利氏の手に渡ってしまいます
しかし、1600年関ケ原の戦いで徳川家に敗れた毛利氏は富田城を追われ、替わって徳川家康に味方していた堀尾吉晴が富田城に入りました
山奥にある富田が出雲支配に不便なことから、堀尾氏は城を現在の松江城に移してしまいます
難攻不落と言われ、数々の武勇を生んだ名城富田城は、その後二度と城として使われることはありませんでした
謎めいた洞穴
南北西は断崖の要塞
勝日高守神社
平和な時代になると難攻不落より利便性優先
大木が枝を広げています











