天守北 登り石垣 調査中

湊山頂上の天守(本丸)を中心に、北の内膳(ないぜん)丸、東の飯山(いいのやま)を出丸として、湊山ふもとに二の丸、三の丸を配し、城郭中枢部は中海から水を引き込んだ内堀をめぐらせて防御していた

既存の米子城絵図は17世紀後半以降のもので、吉川期や中村期の米子城の姿については今まで謎に包まれていた

近年の調査成果から、登り石垣の発見など、築城初期の米子城の姿が朧気ながら見えてきた

天守台の石垣は打込接、控え積の石垣は上段が平成、下段が昭和の積み直しです

鉄門跡では四重櫓の石垣は、打込接が途中から幕末に改修された切込接の石垣に代わる見事な石工の技がみられます

湊山球場付近に二ノ丸・三の丸がありました

湊山山頂部に高石垣で囲われた郭で、天守郭、遠見郭、番所郭などから構成されています

四重櫓台:幕末に補修された切込接の石垣が天に聳えます

角に忘れ石があります

天守郭には、天守、四重櫓の二つの天守が築かれていました

米子市街地、大山、中海、島根半島など360度のパノラマがひろがります