米子城 山陰随一 名城

湊山公園(錦公園)登り口から国史跡「米子城天守台」を目指す

城山の池

米子市民の憩いの場として知られる湊山公園

昭和25年までは錦公園と呼ばれていた

約500本のソメイヨシノが咲き誇るお花見スポット

8月には、米子を代表する盛大な夏祭り「がいな祭」の「花火大会」、「精霊会とうろう流し」の舞台

整備された登城道

万里の長城みたいだ

天正19(1591)年頃に戦国武将・吉川広家が米子城の建設を始めました

慶長5年(1600)関ケ原の戦いに敗れ、完成を見ることなく岩国へ国替えとなる

慶長6(1601)年駿河の国から中村一忠が伯耆の国城主となり、米子城を完成させ、名実共に山陰一の名城となりました

慶長7年(1602)頃に完成

1609年一忠の急死により中村家は断絶

加藤貞泰が入城

元和3年(1617)鳥取藩主池田光政の一族池田由之が預かる

寛永9年(1632)鳥取藩の家老・荒尾成利の預かりとなり明治まで11代に亘って管理