平濱宮 出雲最古の 八幡社

武内神社

八幡神として応神天皇・仲哀天皇・神功皇后を祀る

創建年代は不詳であるが、天永2年(1111)、陰陽寮で当社の遷宮の日時を占ったという記録があり、それ以前には創建されていたことになる

出雲国最古の八幡宮とされる

この地は京都の石清水八幡宮の社領であり、当社は「平浜別宮」と呼ばれ、石清水八幡宮の社家の支流が奉斎していた

戦国時代には亀井氏、尼子氏、毛利氏によって社殿が造営された

江戸時代には松江藩主が直轄していた

境内社・武内神社(たけうちじんじゃ)は武内宿禰を祭神とし、「武内さん」の愛称で呼ばれ、武内宿禰が長命であったことから延命長寿の神として信仰を集めている

出雲国神仏霊場第13番

境内地は山林を含め1万坪で、社殿の裏山は御笠(みかさ)山と呼ばれ、椎の樹林となっています

境内の東側より大山(通称出雲富士)や意宇(おう)平野を望むことが出来きます

付近はかつて出雲国の中心地であり、国分寺跡や国庁跡、天平古道などが残っています

後には出雲国八所八幡宮の総社として著われ、社家は代々惣検校に任ぜられ、天下泰平の御祈願所として歴代朝野の尊崇篤く、国守の尊敬も深く、江戸時代は一社一令の神社として特殊の地位を保持してきました

茶臼山

境内社武内神社は武内宿禰命を御祭神とし、御祭神が日本初の大臣として景行、成務、仲哀、應神、仁徳の五代の天皇に仕へられた大政治家であり、

長寿であったことから、延命長寿、開運厄除、諸災消除、家内安全、商売繁盛、大漁満足、病気平癒、交通安全にいたるまで、幅広く崇敬されています

主祭神應神天皇は高度の外国文明を取り入れて学術を振興し、 池溝を掘って農業を改良し、織機を入れて織物を盛大ならしめるなど、我国の文化及び産業を非常に発展させられたので、文教、殖産興業の守護神として広く信仰されています