神魂命 出雲氏族 御祭神

祭神については、神魂神社神主を世襲で努めた秋上家の文書によると、中世末期から近世初期ごろに、上記の祭神とすることが多く、それ以前の祭神は不明である

時代が下って寛文年間ごろの新嘗会祝詞には、熊野大神・大己貴命などの神名が見えるが、当社の創始が出雲国造家の私的祭祀や邸内の社と考えられ、出雲国造家と関わりの深い熊野大社や出雲大社に深く関わる祭神であったからと考えられる

出雲の神社は大社造りが多い

また社名から、出雲氏族の一つの神魂命が元の祭神であったとも考えられている

本殿は国宝に指定され、心御柱古材に「正平元年丙戌十一月日」の墨書銘がある

柱古材は、正平元年(1346)の柱と考えられるが、社殿は落雷により消失したため、現在の社殿は天正11年(1583)に古式に則って再建されたものである

室町時代の造営形態を引き継ぐ神魂神社本殿は、出雲大社よりも古い形式の大社造りをよく保存し、出雲国(島根県東半部)にのみ分布する大社造のなかの最古の遺構である

出雲大社本殿に類似するが、規模は小さく広さは約5.5 ㎡四方、切妻造り、妻入りの東向き、正面の右側に階段があり、内部は畳敷き

屋根は栃拭き、3本の鰹木と「女千木」と呼ばれる内削ぎの千木が乗る

本殿内の梁や柱は丹塗で、鏡天井に八雲、中央の梁に竜と雲が描かれ、8ケ所の壁面に、狩野狩野、土佐光起による彩色豊かな絵が描かれ、

正面入り口の本殿向かって左の扉は「月の扉」、右の扉は「日の扉」とよばれ、それぞれ満月と太陽が昇る舞楽の図が扉内側に描かれている扉は

祭礼の日に開けられるため、舞楽の図を見ることができる

本殿外壁は丹塗がされていないが、内部に丹塗が残ることから、かつて外壁にも丹塗が施されていたと考えられている