戒壇は 二度の災害 経て宝塔

金堂の西側にある戒壇は、僧となるための授戒が行われる場所です

創建時に築かれたとされていますが、中世に廃され、その後再興されたものの火災により建物は失われました

現在は、3段の石壇のみが残り、その上に昭和53年(1978)にインド・サンチーの古塔を模した宝塔が築かれました

本薬園

奈良時代、苦難を乗り越え来日された中国の高僧・鑑真和上は、日本に正確な医薬知識をもたらしました

失明していたにもかかわらず、「鼻を以ってこれを別ちて一も錯誤することなし」(本朝医談)と評されるほど、嗅覚による生薬の真偽を見分ける卓越した能力を持ち、日本の医師や薬師たちに多くの知識を伝えました

当時の日本は医療水準が低く、薬物に関する正しい知識を持つ人は限られていました

鑑真和上の医薬における功績は江戸時代までは広く知られていましたが、現代では忘れられつつあります

1988年、植物分類学者・橋本竹二郎先生が唐招提寺境内に薬草園を開設しました

しかし1999年、唐招提寺の金堂修復工事により、薬草園は一時閉鎖。薬草は岐阜県の「神薬才花苑」で20年にわたり保存されました

そして2022年、20年以上の歳月を経て、薬草園が唐招提寺境内に復活。現在、野崎康弘氏を中心に薬草園の整備・維持活動が継続されています

松瀬青々:西俳壇で高濱虛子主宰の「ホトトギス」と一線を劃す俳人として重きをなした