月を見て 我はこの世を かくし哉・・・千代女辞世の句

寺社仏閣

地元のデパートの就職試験を受けた時に参拝した

参拝客をご案内

気位が高いようだ

金沢カプセルホテル 武蔵町

武蔵スタジオ通り「むさし祥鮨」

真宗大谷派・潮音山「西福寺」

962(応和2)年に奈良県に真言宗の寺として創建され、その後、今の金沢市観音堂に移ったという

古木

 

藩政期時代に「西外惣構掘の升形」があったことや「一中・泉丘発祥の地」として知られている

真宗大谷派・護方山専光寺(吉藤専光寺)

元応2年(1320年)に親鸞の曾孫覚如に帰依した志念が、大額に一庵を設けたのが始まりとされる真宗大谷派の寺院

藩主前田利長から庇護され、加賀、越中、能登の総禄所に定められ、136ヶ寺の触頭として広く信仰されました

文明のころに第5世康寂が寺基を大野庄吉藤に移し、三門徒派の流れを汲んで吉藤専光寺と呼ばれました

石山合戦をめぐって本願寺が東と西に分かれた時に、専光寺は教如の娘小姫(宣妙尼)を迎え、加賀、能登の中心となって大いに勢力を伸ばした

(慶長2年)に前田利家の招きで金沢の後町に移り、さらに元和元年(1615年)に安江木町(田丸町)の現在地に移りました

現在の本堂は、大火の後に大正時代に再建されたもので、以前の東別院を模して造られたといいます

専光寺は加越能の総禄所として一宗を薫事し、触頭として136ヶ寺の触下を有しました

開基・志念上人は惟康親王の御子と伝える

金沢市白鬚神社

永長元年加賀国石川郡安江村の地内に建立して、一村の産土神とし、真言宗持明院別当として社内に居住したため、白髭持明院とも呼ばれていた

明治2年、社地と寺地を分け、明治5年11月村社に列格、金沢駅前の社地を昭和49年12月の都市計画により、現在地に移す

ホテル日航金沢

もてなしドーム地下広場

3月30日、長浜小学校合唱団金沢公演が行われた