丹生地区は 寺を廃して 神道に

旧国宝「丹生神社」

主祭神・罔象女命(みつはのめのみこと)は女神で、伊勢の神楽(かぐら)が大嫌い、獅子舞(ししまい)が大嫌いだから獅子舞があると必ず雨が降ると言われています

罔象女命はイザナミがカグツチを生んだ際、火傷し苦しんだ尿から産まれ、水の神とされています

創始不詳、起源が明確ではありません

丹生神社は本殿の棟木(むなぎ)に「棟上、嘉吉(1442年)2年壬戌10月13日 長谷寺御坊二郎大夫大工藤原宗次」の墨書があり、本殿は室町時代中期の1442年(嘉吉2年)に建立されたと言われています

室町時代には題目立(だいもくたて)が行われ、その当時の歌詞・衣裳・面が保存されています

その頃に村人が悲願を込めて記した「大乗経(だいじょうきょう)」200巻が奉納され、1891年(明治24年)頃に福王寺(ふくおうじ)に移されたが、その後紛失しました

1962年(昭和37年)に「大乗経」が海外に売られようとしていたが、社家が私財で買い取り、神社に奉納して社宝として保存されています

1868年(明治元年)頃に老朽化した本殿を覆う覆屋(おおいや)が建てられ、1927年(昭和2年)4月25日に本殿が重要文化財に指定された

1954年(昭和29年)に本殿の解体修理が行われ、近年20年ごとに本殿の屋根の葺き替えが行われています

なお丹生神社は本殿に罔象女命(みつはのめのみこと)、相殿に埴山姫命(はにやまひめのみこと)を祀っています

また丹生神社には末社として七柱神社 (ななはしらじんじゃ)・二柱神社(ふたはしらじんじゃ)も祀られています

丹生地区は昔から真言宗の盛んなところで、勝王寺、福王寺、平等寺が残っていたが、明治19年村を挙げて改宗し神道となった

明治の始め全国を風靡した廃仏毀釈の波に乗ったものと思われる

改宗して一切の仏事を廃したが、今に三日地蔵と一橋参りというのが残る

三日地蔵は大小二体の地蔵が厨子の中に納まり、村中の家々三日ずつ順々に巡る