布目ダム 48戸が 水没す

布目ダム展望棟「水と光輪」

昭和46年(1971)、淀川水系の新たなる治水対策方針を打ち出すべく「淀川水系工事実施基本計画」が建設省によって策定された

ダム事業は水資源開発公団(現・水資源機構)へ移管された

これら事業計画の中で新規に計画された施設の中に布目ダムがあり、笠置山付近で木津川に合流する布目川に建設されることとなった

木津川流域では高山・青蓮寺・室生・比奈知ダムに続き5番目に計画されたダム

ダム建設に伴い48戸の住居と36haの農地が水没することになり、当初からダム建設に対して住民は反対の意思を固め、補償交渉は難儀な状況となっていた

昭和55年(1980)には水源地域対策特別措置法の適用を受け、住民に対しては様々な移転援助や生活再建策、地域振興策を提示し粘り強い交渉を行った

補償交渉妥結後本体工事に入り、計画発表から16年後の平成3年(1991)完成に漕ぎ着けた

尚、計画発表は比奈知ダムより3年遅れであったが、完成は比奈知ダムよりも7年早い完成であった

ダムの型式は重力式コンクリートダムであるが、右岸部には貯水位維持のために脇ダムが建設されておりその型式はロック・フィールドダムである

高さは72.0m

但し連結しては居ないのでコンバインダムではない

布目川~木津川~淀川各沿岸の洪水調節と流域の慣行水利権分の農業用水を補給する不特定利水、奈良市への上水道供給を目的とした多目的ダム