千枚田 先人の汗の 結晶
白米集落からR249、ポケットパーク道の駅
高低差50メートルの斜面に展開する白米の千枚田
年間50万人が訪れる、奥能登を代表する観光地
この千枚田とともに歩んできた白米の集落は、棚田よりも高い、海抜60~70メートルのあたり
白米集落の特徴は、傾斜地ゆえに石垣で整地していること、吹き付ける潮風から家を守るため、屋敷林を発達させていること、そして外壁が腐食に強い板張りになっている
急斜面に家が建つ集落だが、南志見他地区と比べると家屋の被害が少なかった地区
海岸部の隆起に対し内陸部の崩壊が少なかったのは千枚田のお陰かも
明治12年(1879)頃の絵図には地番別に番号が付き、田圃の枚数が記されており、合計すると7995枚であった
六町八反歩の面積で、1枚当たり平均面積は2.6坪(8.4平方メートル)で、畦道を除外すると実際の面積は2坪弱と思われる
当時の白米の戸数は24戸余りで、1戸当たりの所有面積の平均は約3反(3000平方メートル)
海から山までの高度差400m余りの傾斜地を造成開田した
肥料は、牛の糞、塩焚きの灰、海草、魚肥などが使われた
海岸には塩田があり、塩づくりのための塩木伐りが行われていた
小生の村でもそうだが、長い年月をかけて開墾開田した先人のご苦労の賜物なのです
輪島図書館「海辺に開かれた土坡の千枚田を調べる」参考











