又兵衛が 隠れ住んだ地 本郷
本郷「又兵衛桜」
桃・レンギョウ・水仙などが咲き誇る
戦国武将として活躍した後藤又兵衛がこの地へ落ちのび、僧侶となり一生を終えたという伝説が残る
10万人で1000万円
この枝だれ桜が残る地も、後藤家の屋敷跡にあることから地元では「又兵衛桜」と呼ばれ親しまれている
一説には樹齢300年ともいわれ、幹周約3m、高さ約13mの見事な桜である
後藤又兵衛:姫路近郊の神東郡山田村に別所氏家臣の後藤新左衛門の次男として生まれた
黒田孝髙が荒木村重によって有岡城に幽閉された際、黒田家家臣一同の誓紙への署名を又兵衛の伯父・藤岡九兵衛が拒否したため一族追放となり、仙石秀久に仕えることとなる
黒田如水(孝高の法号)の死から2年後の慶長11年(1606)、基次は一族揃って黒田家を出奔する
慶長19年(1614)、大坂夏の陣が勃発すると、大野治長の誘いを受け、先駆けて大坂城に入城する
旗頭として天満の浦での閲兵式の指揮を任された際、その采配の見事さから「摩利支天の再来」と称される











