長谷参り 瀧蔵参拝 コンプリート

瀧蔵神社鳥居

拝殿

高い瑞垣の上に鮮やかな朱塗の三間社・流造の本殿が建つ

長谷寺の奥の院として知られ、長谷寺へお詣りしても瀧蔵神社へもお詣りしないと、御利益は半減すると伝えられる古社です

伊弉諾尊、伊弉冊尊、速玉尊をお祀りする

神話唯一の夫婦神と御子をお祀りしています創建年代は不詳ですが、延喜20年(921)頃からの記録があり、今昔物語をはじめは長谷寺関係の古文書にも、瀧蔵にまつわるいろんな出来事を伝えています

鎌倉初期の保延四年(1138)に書かれた「長谷寺観音記」には、74代鳥羽天皇妃が長谷寺に参詣された時、滝倉権現の力で懐妊の姫君を、若宮(後の近衛天皇)と取り替えて貰ったという誕生の秘密が記されて有り、お礼に「滝倉の拝殿を造営した」という記録が残っています

瀧蔵神社の社叢は、椎や樫が優占する暖地帯の極相林の状態で保存されており、この地域における極相林の典型として、県の天然記念物に指定されています

創建年代不詳・三間社流造・権現鳥居
(棟札)文禄三年(1594) 修覆以後十一回
 

元長谷八郷の鎮守、地主神にて天慶九年(946)「長谷寺験記」に滝倉権現のお告げに依り大泊瀬山を「与喜地」・「与喜山」として菅原道真公に譲られたとの夢物語が書き残され、以来滝倉を「本地主神」、与喜山を「今地主神」と云われた

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