松下翁 小唄の師匠 が知るご縁

3月23日最寄り駅、早咲きの桜満開

生駒駅の朝日

和歌山線「千旦駅」ホームから

無人駅

昭和27年開通した千旦駅

幸之助翁はどういうルートで大阪へ出たのか

金山彦大神

布施駅からスタートする予定であったが、経営の神様「松下幸之助」生誕地がにあるということで、一つ手前の千旦駅で下車

父が米相場で失敗して破産したため、一家で和歌山市本町1丁目に転居し、下駄屋を始めた

しかし父には商才がなく店を畳んだ

幸之助は尋常小学校を4年で中退し、9歳で宮田火鉢店に丁稚奉公に出される

後、奉公先を五代自転車に移した

五代自転車奉公時代にサントリーの起源である寿屋の鳥井伸治郎と出会い、将来にわたって経営の師とする

この経験は後にパナレーサー社設立のきっかけになった

自転車屋奉公時代、来店客に度々タバコを買いに行かされた

その際、いちいち買いに出かけるより纏め買いして置けば、すぐタバコを出せる上、単価も安くなるため、これを利用して小銭を溜めた

しかしこれが丁稚仲間から反感を買い、店主にやめるよう勧められたために纏め買いはやめるこの頃から商才を顕すと共に、独り勝ちは良くないとも気づくようになった