脇本は 泊瀬朝倉宮 伝承地

桜井市脇本「春日神社」

伊勢街道に面して三輪山を背景に鎮座する社

本殿は 檜皮葺三間社春日造(奈良県の指定文化財)

1603年建立

 南北朝時代には南朝側の拠点だったそうです

この神社の境内が雄略天皇の泊瀬朝倉宮の跡だと言われている

桜井市黒崎に鎮座する白山神社も泊瀬朝倉宮跡と伝わります

脇本遺跡:春日神社を中枢部とし、東西約300m・南北約250mの範囲にわたって遺構が散在していたようです

発掘調査で5世紀後半の遺構も出土しており、泊瀬朝倉宮の可能性が高まっています

飛鳥に宮が移るまで三輪山の西南麓から香具山あたり一帯は、大王(天皇)や皇后の宮が13もあったと伝えられ、大和王権の中心地域でした

過去18次にわたる調査が橿原考古学研究所と桜井市教育委員会によって行われ、5世紀後半、6世紀後半、7世紀後半の大型建物跡などが発見され、

5世紀後半の遺構は雄略天皇の泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)跡と推定され発見された南北方向の掘立柱建物2棟は脇殿で正殿は春日神社西側の集落内にあったのではないかと考えられています

ヤマト王権の武器庫の可能性がある忍阪や軍事氏族の大伴氏の本拠地もあったとされ、水陸交通の要所として大和と東国を結ぶ重要な場所に位置付けられています