まつりのにわ 鳥見山霊畤 顕彰碑

整備された散策道

『先代旧事本紀』を見れば河内からすぐに移動した点で富雄川流域とする説に説得力がある一方、

『日本書紀』を見れば「菟田川」「墨坂」など宇陀付近の地名の登場する局面の次に出てくる話であり、トミを桜井市とする説に説得力が感じられます

両者は大きく離れた地ですがどちらとも取れるため比定が非常に難しいものとなっています

富雄川の上流には饒速日命墳墓とされる塚や同じくニギハヤヒの墓とも言われる真弓塚などがあります

昭和15年(1940年)の紀元2600年祭の一環で、

当地・鳥見山が神武天皇が神を祀ったという「霊畤(れいじ)」に認定され、顕彰されたものです

「霊畤」と刻まれた石碑

245m山頂東に榛原・鳥見山が見えました

4株樹

榛原鳥見山ズームアップ

古代の人達の息づかいが伝わって来そう