境内に 能登寺と呼ばれし 神宮寺
鳥見山西麓に鎮座する稲荷神社
鳥見山山頂まで約1kmの散策路
等彌神社は鳥見山の山中に鎮座していたとされ、山岳信仰の神社であったことを示唆しています
「斎場山」と呼ばれていたことから、神体山というよりは山中に神籬などの祭祀場を設けて祀ったのが原初の姿だったのかもしれません
上津尾社の御祭神が「大日霊貴命」であり、この神は天照大神と同一であると一般に解されています
本来は日の神を祀った巫女を神格化したものと考えられ、当社においても山中の祭祀場で太陽の神を祀ったことが考えられるかもしれません
「トミ(鳥見/登美)」は地名として、『日本書紀』の神武東征や、物部系の史料である『先代旧事本紀』のニギハヤヒの降臨や葬儀において頻繁に登場する
(詳しくは「登弥神社」の記事を参照)、物部系氏族のトミ氏もこれに因むものと考えられます
「鳥見山」の場所も諸説あり、「上小野榛原」「下小野榛原」がかつて萩原と呼ばれていた現在の宇陀市榛原に比定されており、これに関連して「鳥見山」も宇陀市と桜井市の境界上、榛原のすぐ北方にある「鳥見山」とする説があります








